健太叔父さんの若いころのお話
まさるの叔父さん健太は、登別の観光写真の会社に就職して2年目、会社が余裕が出てカルルス温泉に写場もある支店を開設した。
う~んと流行るお店でもなく、新人の健太が支店長を命じられ、部下無しですべて一人で遣ることになった。
同じころ、道南を襲った台風被害で国有林の原生林が根こそぎ倒れ、伐り出しが大仕事だった。
切って木材の形になっても、運ぶ来るが足りなくて野ざらしで折角のエゾ松やトドマツが腐ると騒ぎだした。
それを聞いた社長が、トラックを買って運び出しに参加すると言い出し、トヨタの4トン車を2台注文してしまった。
社員の中で運転できる人間はゼロで、運転手募集のポスター造りから始まった。
健太が支店を任されて居たが、木材伐り出し現場に近いカルルス支店に運送部を作る事になり、写真と運送の二つの事業が始まった。
支店の脇が湯元の土地で、健太がお世話になって居る日野さんにお願いに行った。
「分校の脇の空き地をトラック置き場に貸して下さい」と、お願いする。
「トラックなんか無いじゃない?」と、道警を退職した日野さんが変な顔をする。
「いやぁ~うちの社長が木材運びに参加するようで、トラック2台注文したようです」
「またぁ~近藤社長も物好きだねぇ~あ~良いよ何台置いても文句言わないから」と、あっさり許可して呉れた。
当時健太叔父さんは21歳で写真が専門だが、カルルス温泉は湯治客が主で農業や漁業の暇な冬場が盛況だ。
雪が溶けて木の芽が出る頃トラックが届いたが、運転手が居なくてピカピカのトラックは売り物のように運動場の脇に並べてある。
健太は免許は無いが見様見真似で、前進ととバックが出来るようになった。
登別とカルルス温泉の連絡はバスと電話だけで、写真の「撮り枠(キャビネ判のフィルム)」を持って、バスで登別温泉の本店の暗室で現像・プリントをして、夕方バスでカルルスに戻るのが仕事に成っていた。
健太叔父さんはいつも、バスの一番前に座って、運転手の操作を注意深く見つめ、無口になるらしい。
知り合いが声を掛けても気付かず、足と手も無意識に動いていた様だ。
「健太さんは運転が好きなようねぇ~」と、久住旅館の姉さんが声を掛けてきた。
「えっ」と、周りを見るとみんながニコニコしながら、健太を眺めている。
「うわぁ~気が付きませんでした」と、真っ赤な顔で頭を下げる。
運送業務もスタート
我が会社の新車は、運転手が一人だけ入社し助手は写真館の先輩が配置され仕事開始、エゾ松やトドマツの材をを8本から10本くらい積んでは室蘭港に運んでいた。
5月の連休の頃健太が、根曲がり竹のタケノコ採りに出かけようと段取りして居ると、学校が連休で子供たちが登校日の帰りに、新しいトラックを見たいと運動場の端にある新車の傍で騒いでいる。
健太は気になって
「どうかしたの?」と、聞いて見た。久住さんの妹のさっちゃんが
「健太さん、運転室は開けられないの?」と聞く
「なんで運転でもする気なの?」と、聞いて見ると
「いや~それは無理でしょう(新車の匂い)を嗅いでみたいのよ」と、日野さんの6年生の恵子さんが、大人の様な言い方でニッコリしている。
驚いた健太が
「新車の匂いが特別なのかなぁ~」と、言いながら支店のカギと一緒に持って居た鍵を取り出しドアを開けた。
「だって恵子さんの家にも乗用車が有るじゃないですか?」と言う。温泉街で乗用車が有るのは3軒で、1台は湯元の日野恵子さん宅にある訳だ。
「だめよ~うちのは5年くらい前のだから、いい匂いはしないのよ」と,開いたドアから素早く運転台に乗ってしまった。
「う~んこの香りよね」と、目を瞑ってウットリしている。健太も思わず見とれてしまう。回りの子供たちも
「乗せてよと・ノセテヨ」と、せがむので助手席も開けてあげる。
子供たちとタケノコ狩り
田舎の子供としては変わったモノが好きなようだなと、思いながら
「僕は此れからタケノコ採りに行くので、終わりにしようね」と言うと
岩井旅館の秀太君が
「僕も行きたいな」と、言うので
「この下の竹林だから良いだろう」と、車に鍵をかける。
「面白そうねぇ私も行って良いの」と、恵子さんが言うと、さっちゃんが
「私も時々この下で、タケノコ採るよ」と、言い
「じゃぁみんなで一緒に行こうかぁ」と、リーダー的な恵子さんが言うと
「賛成」と、言いながら、持ち物を支店に置いて、7人のタケノコ部隊が出来上がる
「離れないように横一列になって顔を見える範囲で採りましょうか」と、健太言う。
「はぁ~い」と、いい返事だ。
あっちでも、こっちでも「有ったとか」 「これ太いよっ」とか言いながら進む。
健太が少し離れすぎたと思いながら、腰を伸ばして左の川岸を見ると何かが動いた。
ヒグマと遭遇
あれは子熊じゃないと気付き、思わず(ゾッ)とした「クマだ」「ヒグマダ」と、周りを見ると、右の方4~5メートルに女の子がしゃがむようにして、タケノコを引っ張っている。恵子さんだ。
この画像は、知床のHPから拝借したものです。
クマを見ると、顔をこっちに向けて伺っている気配だ。
ヒグマに遭遇したら刺激せず知らん振りが安全だと聞かされていた健太は、無言で藪を貼って恵子さんの上に覆いかぶさり、自分の体で恵子さん隠した。
恵子さんは、驚いて顔を上げようとするが、健太が上から腕を伸ばして頭を抱える。それで恵子さんも気付いたのか声を出さずに、じっと動かない。
健太は一瞬(幸せ感)を感じこのままで居たいと思ったとき
「健太さ~ん」と呼ぶさっちゃんの声が我に返った。
顔を上げて周りを見ると、クマの居たささやぶが大きく揺れているが離れていく様だ。
「恵子さんごめんね、痛くなかった」と、聞くと
「最初驚いたけど、ヒグマだと思い声を出さかったのよ、でも最後の方は気持ちよかったわぁ」と、顔を赤くしている。
「えっやっぱりクマに気付いたんだね、そうか僕も恵子ちゃんを抱きしめて嬉しかったよ」と思わず本音を漏らす。
健太は、みんなに向かって
「こっちは大丈夫だよ、ヒグマと出くわして隠れて声を出せなかったんだ、すぐ上の方に移動しなさい」と、大声で呼びかける。
手を貸して恵子さんを立たせ、怪我をして居ないかぐるっと回って見ながら
「けがは無さそうだね」と、言うと
「でも、びっくりしましたよぉ~健太さんがいきなり覆いかぶさって来たので~」と、真剣な顔だったが笑いだす。タケノコの入った小さい布ふくろを拾い、渡す。
クマが居た竹藪をもう一度確認して
「さぁ~みんなの所に行こう」と、健太も真顔で根曲がり竹をかわし中腰で進む。
内心は不謹慎にも(ラッキーって)叫びたい気持ちだが、知らんふりで勾配が有るので左手を出すと、恵子さんもしっかり掴まり竹林を進む。